サイバー遊民

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【ボクシング】ボクシングでデビュー戦の時の思い出【1試合目】

僕がボクシングでデビュー戦をしたのは、26歳の時だった。

何度かブログにも書いた通り、25歳の冬にジムに入り、半年でプロテストを受けて、丁度1年でデビュー戦をむかえることになった。


デビュー戦の話がきたのは秋の事だった。プロテストで対戦した相手だ。お互いのデビュー戦をやらせようとトレーナーの間で合意が取れたようだった。その時はとても試合を楽しみに感じたことを覚えている。

 

僕は26歳というそんなに若くないデビューだし、社会人とうまく両立していきたい。これまでせっかく社会人としてキャリアを積んできた中で、このキャリアを一度捨ててリングだけにかけるというほど僕には才能も自信もない。それは今でも変わらない。

プロとしてだが、あくまで趣味の範囲で年に1〜2試合できればという考えではあった。ただ、さすがにその当時就いていた仕事では練習時間の確保は難しく。営業ということで顔がしょっちゅうボコボコになるのも迷惑がかかってしまう。

プロテストに受かった時から退職の決意はしていたのだった。

いろいろな巡り合わせもあって、夏の終わりに転職を決めてボクシングOK という条件で次の会社で勤め始めた矢先にデビュー戦の話がきたのだ。

チケットを売ることで変化する気持ち

ボクシングをやる上でチケットを売るのは毎回苦労するが、デビュー戦は特別でそんなに苦労しないものだ。結構物珍しがってみんな無理を押して応援に来てくれる。

一応4回戦のノルマは30〜40枚くらい、最低限それくらいは売りなさいと言われる。

僕は上京してきて、大学もアクティブに過ごした方でもないし、大学時代は根暗で陰険な友達と付き合い、僕自身陰気臭い不気味なオーラを漂わせていた。友人もそこまで多い方ではない。

その上、人付き合いが面倒くさくて連絡を取っていなかった人から急に連絡が来ても平気で無視をして、そのまま付き合いがなくなってしまうことも多かったため、こちらから「久しぶりー」と連絡を取るのもためらわれた。

ただ、会社の人が応援してくれたのと、ボクシングやりたいんです!と言って辞めてしまったにもかかわらず、前の会社の人がかなりの数チケットを買ってくれた。前の会社の社長も3枚ほど購入してチケットを配ってくれた。

そんなこともあって、デビュー戦のチケットは思ったよりもさばけ、追加でもう少し発注してチケットを売り切ることができた。

 

チケットを売るまでは、自分が頑張ればいいだけのことだとか、強くて勝ちさえすれば良いのだと考えていたが、沢山のチケットを買ってくれた人、応援してくれる人があってこそボクシングができているんだ。

この人たちのためにも勝つ。負けるにしてもしょっぱい負け方ではなく、見ごたえのある試合をしようと思うようになった。

初めての減量

減量を始めたのは1ヶ月前からだった。

僕はフェザー級なので57.1kgに落とさなければいけない。当時普段の体重は62kgくらいだったので、それほど大変な減量ではない。普通これくらいの減量であれば、2週間前から始めれば間に合う。

そんなことを知らない僕は、はりきって1ヶ月前から減量を始めてしまっていた。その結果、追い込むべき1ヶ月前の練習で全然パワーが出なかったり、すぐ疲れてしまったりした。

そんな下手くそな減量をしていたので、最後は余裕を持って着地した。ただ、これほど必死になってダイエットしたことがなかったので、最後の3日ほどはお腹が空きすぎて辛かった。絶食と水抜きはしなかったが、とにかく辛かったのを覚えている。

サウナスーツも来ていたが、喉が渇きすぎて汗をかいた分水を飲んでいたのであまり意味がなかった。

デビュー戦までの気持ちの変化

最初は楽しみにしていたものの、1ヶ月前から気持ちの変化が起こってきた。

恐いのだ。

1ヶ月前になり、先輩の試合を応援しに後楽園ホールに入った時、そこで殴り合っているボクサーたちを見て、初めて「恐ろしいことをしているものだ」と思った。あんな8ozの薄っぺらなグローブで、顔面を思いっきりぶん殴り合っている。それが綺麗に入ったら顎がバーンと上に弾かれて同時に膝がガクッと折れる。1ヶ月あと自分がそうならない保障なんかどこにもない。

どんなチンケで弱いボクサー、不良でいきがってるボクサーでもあのリングに立つだけでそれは相当勇気のいることで、皆勇者なのだと思うようになった。

それからは、しばらく眠りの浅い日々が続いた。
熟睡しそうになると、パンチをバーンともらった夢を見て飛び起きる。パンチを出そうとして体がビクッとなって起きる。

減量や追い込みの疲れもあって、日に日にやつれていくのがわかった。

減量の最終日、57.1kgまで落ちたのを確認して、ようやくこの生活が終わるとホッとした。

計量に行って

計量当日はジムに集合し、後楽園ホールに向かう。
昼過ぎにジムに集合するのだが、はやく水が飲みたくて朝から待ち遠しかった。

犬の自動餌やりマシンで、設定した時間帯になったら餌がサーバーからコロコロと出てくるやつがあるが、あれを毎朝時間前になったら餌やりマシンの前にやってきて待っている犬もこんな気持ちなのかなとか思っていた。

計量は56.8kgとアンダー300gでパスした。オーバーだったら嫌だなと随分と余裕を持ってしまった。

計量後の水がとにかくうまかった。その場で2リットルほど飲み干しそうになった。

計量後は後楽園近くのデニーズで昼食をとった。あとから知ったのだが、何十年も前から計量後はデニーズで昼食がボクサーには一般的らしい。

トレーナーが「好きなものを頼め」というので、ハンバーグ定食を食べた。同日に試合をする同じくデビュー戦をする選手も一緒に居たんだけど、やけに少食でそんなので大丈夫かと思った。

昼食後は検診に行って帰宅した。帰宅する際もすぐにお腹がすいてきたので、コンビニなどによっておにぎりを買って食べたりした。

その日は、いくら食べても何時間かするとすぐにお腹が空くので、2〜3時間おきに何かを食べていた。夜には62kgに体重は戻っていた。1日に5キロも戻るものなのかと感心しながら寝た。

試合当日

試合当日もパンチが当たる夢を見て飛び起きた。

ご飯を食べて元気が戻ってきたからか、メンタル的には回復してかなり勝てる気持ちにはなっていた。緊張という緊張はほとんどなくて、昼までゆっくりと過ごして15時頃になって家を出た。

後楽園ホールにつき、当日計量をして着替えてリングチェック。リングに上がると、緊張が再びこみ上げてきて途端に体が棒のようになった。周りの練習しているボクサーがやけに強そうに見える。試合相手がリングに姿を現したので僕は逃げるように控え室に戻った。

試合は3試合目だったように思える。緊張を誤魔化すため、写真を撮ったりして遊んでいたら緊張感がないとトレーナーに怒られた。

1試合目、同門のデビュー戦の彼が1ラウンドKOで勝ち、はしゃぎながら帰ってきたのを見て、僕のボルテージは上がっていった。自分も続くぞというので気合いが入った。

控え室を出て、リングインに備える。音で自分の前の試合の2R、3Rが終わっていくのを感じる。一瞬、わあっという歓声が響き「ワンートゥー」とカウントが始まった。どちらかがダウンをとったのだ。

いよいよ始まるかもしれない。どちらにしたって10分もしないうちに殴り殴られる運命は避けられない。いい加減覚悟を決めなければならない。

結局前の試合は4Rの判定だった。

試合の終わった選手が僕の傍を通り過ぎていった。始まる。いよいよ始まるのだ。

これで入場曲が流れ、リングインすればすぐに殴り合いだ。練習を思い出せ。勝てる。できることはやってきた。

いよいよ試合

入場曲が流れ、暗い通路から一気に明るいリングの方へ歩いていく。

入場の花道から応援に来てくれた知り合いの顔が見え嬉しくなる。

「やってやりますよ」と笑顔を作ろうとするが、うまく表情が作れない。自分がどんな顔をしているのかわからない。

先にリングに入ったのは僕の方だった。入場曲と同時に相手が入ってくる。

体つきを見るとでかい…僕よりは筋肉の密度が高い。日サロで焼いてきたのか、肌は黒々として強そうだ。プロテストの時とは明らかに雰囲気が違う。何より眼光がギラギラしている。やる気なのだ。

互いの名前が呼ばれると、リングの中央で顔を合わせる。

「お互い悔いのないように。フェアプレーで頭(バッティング)には気をつけて」みたいなことをレフェリーがいう。

互いにコーナーに戻る。

始まる。これであと1〜2秒後にはゴングがなり、殴り合いが始まるのだ。

コーナーマットに頭をつけ、大きく息を吐き出す。

カアン、と鐘がなった。始まったのだ。

リングの中央に駆け出して行き、手をあわせる。焦点をどこに合わせていいのかわからなくなる。視界がぐるぐるしている。相手は遠い。試合の時の距離感はスパーリングの時より半歩ほど遠いと聞いていたがその通りだ。パンチを出したところで届かない。

基本通りに左ジャブを出してみるが、まるで遠い。ジャブを出したところに相手もジャブを出してきた。

普段なら右手でパーリングして叩きおとすところだが、8ozなのでまともにジャブが顔めんに突き刺さる。痛いというよりは、衝撃が脳天を突き抜けてやってくる感じだ。

ジャブはもらったが、距離は潰れたのでそのままボディ攻撃に入るため相手の懐にもぐりこんで接近戦を仕掛ける。しかし、体での当たりは相手の方が強い。身体での押し合いになり、バランスを崩したところで容赦のない連打に襲われる。

それに、なんというか荒いのだ。僕はボクシングはもっと綺麗にやるものだと思っていたが、プロの試合となるとそうではないらしい。もうパンチなんで後頭部とか肩口とかどこでもいいから当たれと思いっきりぶん殴ってくるし、押し合いになったら相手がバランスをくずすようにぶん回してバランスを崩したところをおもいっきり殴ってくる。

ジムの中でクリーンなボクシングしかしたことのなかった僕は認識が甘すぎたのだ。

1ラウンドで中に潜り込んでは、フィジカルで負けるというのを何度か繰り返した。いくらかボディを叩いて、明らかに相手が弱ったのがわかったが、被弾率やヤラレ具合を見ても僕の方が明らかに弱っていた。

「おい!1ラウンド取られたぞ」

1Rを終えてコーナーに戻ると、セコンドのトレーナーが言った。

ああ、やっぱりか。僕はショックを受けた。このままポイントを取られ続けると負け路線一直線だ。

「ジャブをついて、ガードあげろ。ボディは効いてるからもっとボディを打て!」

セコンドの指示を聞きながら、次のラウンドの覚悟を決める。

「おい、次のラウンド何するんや!」

次のラウンドが始まる間際、トレーナーが言った。

あれ、えっっと何をするんだっけ…ああ、そうだ、

「ジャブをついて、ガードをあげて、ボディ打ちます!」

熱くなってほんの何秒か前の指示も忘れていた。

ゴングがなり、2R目が始まる。もう緊張は少しもなかった。あとは殴り合うだけだ。とにかくボディだ。さっきのラウンドは取られたが、ボディが有効ということはわかった。潜り込んでボディで倒す。

アウトボクサーなので、サークルを描きながら、入り込む隙をうかがう。展開は1R目とさほど変わらなかった。相手が積極的にジャブをついてくるようになって入りにくかったが、潜って何とかボディを叩いた。

そして、体での押し合いになったかと思った瞬間、目の前が真っ白になった。

ダウンしたのだとすぐにわかった。

一番最初の感覚は、尻だった。真っ白になって、尻から落ちた。ぐにゃっと歪んだ視界が正常に戻るまで1秒ほど。相手がコーナーから見下ろしていた。

すぐに立ち上がり、ファイティングポーズを取らなければ。僕は焦った。

8カウントが終わり、試合は再開した。くるぞ。相手が決めにくる。

僕は再び潜り込んでボディを狙いに行ったが、相手は連打で試合を決めにくる。連打が何発か僕に当たる。大丈夫だ効いていない!まだやれる!

ボディを狙いに行ったところで、レフェリーが僕と相手との間に割って入った。

 

一瞬で僕は理解した。

ストップがかかったのだ。明日の力が一気に抜けて後楽園の点を仰ぎ見た。たくさんの照明が目に飛び込んできたが、ぼんやりとしていて眩しくなかった。

コーナーを振り返るとタオルが投げ込まれていた。レフェリーのストップではなく、コーナーからのストップだった。早すぎるとは思わない。

実際に見栄え的にはかなりやられていたと思うし、接戦というほどでもなかったのであのまま続けても怪我をするだけだ。下手をするとデビュー戦で選手生命すら終わっていたかもしれないのだ。

そうそうにリングを降り、応援に来てくれた人たちに頭を下げながら控え室に戻った。

試合後

試合後、控え室でトレーナーからそもそも全然ダメだと言われた。

ジャブの基本もガードも下がりすぎだし、そもそも試合前にカメラで遊ぶとか緊張感もないしとこっ酷く怒られた。

負けただけでもメンタルかなりやられているので、追撃しないでほしいことは山々だったのだが自分が悪いので仕方がない。応援してくれたみんなに挨拶しにまわると慰めの言葉を言ってくれたが、それが辛かった。

 

幸い顔はそれほど晴れず、翌日から会社には出社できた。

ただ、会社からかなり応援に来てくれていて、また出社しても慰めの言葉。正直しんどかった。会社に行くがダメージからか結構ぼーっとして頭が回らず1日を終えた。

試合後は1週間ほど開けるのが普通らしいが、悔しかったので三日目に練習には戻った。

また1からやり直しだ。とにかく今回は綺麗なボクシングをしようとしすぎた。しかし本番はラフでもガンガン殴りあわなくてはならないのだ。綺麗に行くな。そしてあたり負けないように体を作る必要がある。

たくさんの課題に直面して休んではいられなかった。

結局、クリスマスも正月も練習をすることになるのだった。