伊豆・熱海を散策してきました。
文学をかじったものとして、大作家たちの静養地やロケーションとなった熱海・伊豆を訪ねてみたいという日頃の思いが募っていたことと、日頃の精神的疲労が私を熱海へと向かわせました。
熱海の有名な文学作品といえば「金色夜叉」。
『伊豆の踊り子』に比べると最近はあまりそのタイトルを耳にしませんが明治時代、漱石や藤村の作品を差し置いて圧倒的人気を博していた大衆小説です。
実は大学の講義で金色夜叉を学んでいたこともあって熱海に行ったらサンビーチに向かうと心に決めていました。今読まれない理由は雅文体でとにかく読みにくいためですが、分からないところは適当に読み飛ばす感覚で読むと案外読めてしまいます。
青空文庫で読めますので興味がある方はどうぞ。
金色夜叉(あらすじ)
金色夜叉とはこんな感じの物語です。
主人公の間貫一(はざま・かんいち)は幼い頃に両親を無くした孤児でしたが、貫一の父に恩を感じていた鴫沢隆三(しぎさわ・りゅうぞう)の家に引き取られて育ち、学生時代を過ごしていました。
鴫沢にはお宮という美しい娘がいました。
夫妻は品行良性で勉強家の貫一をお宮の婿にしたいと考えており、貫一もお宮を心から愛しています。その話はお宮本人にも届いており、「まあ、自分はこの人の所に嫁にいくんだろうなー」くらいの感覚で了承していました。
しかし、一方で自分の美しすぎる容姿をよく分かっていたお宮は自分の価値は貫一とは釣り合わないなと心の片隅で考えていました。
「べつに貫一さんに不満があるわけじゃないのだけれど、この美しさならもっともっとお金持ちと結婚できるんじゃないかしら」
と心のどこかで考えていたのです。
そんなある日、お宮は正月のカルタ会――今で言う街コンのようなものに付き合いで参加していました。そこにはかなりのドブスから結構な美人まで様々な女性がいます。そんなカルタ会へ銀行家の超金持ちである富山唯継が『未だかつて彼等の見ざりし大きさの金剛石(ダイヤモンド)を飾れる黄金の指輪』をはめて堂々参上。
一同唖然。
女性は
「まあみて!ダイヤモンドよ!」
「すごい!三百円もするんですって!」(当時の三百円はかなりの大金)
「おそろしく光るのねダイヤモンドって!」
「三百円のダイヤモンド…(ゴクリ」
次々に金剛石(ダイヤモンド)の光りに目を奪われていきます。
男性は
「嫌らしいヤツ!」
と皆顔をしかめています。
その中でお宮は唯一ダイヤモンドの光りに目の色を変えません。しかし、帰りの道で貫一はこのダイヤモンド男に対する嫉妬心が隠しきれません。
「みい(宮)さん、あのダイヤモンド男はやけに気取って嫌らしいやつだったね」
「でも、みんなが目の敵にしてるから私はなんだか可哀想だったわ。私の隣にいたものだから私までそんな目で見られたし」
「うむ。あいつは傲慢な顔をしているからさ。実は僕もあいつの横腹を二つほど小突いてやった」
「まあ酷いのね」
「ああいう奴を見ていると反吐が出る!しかし、女性はああいう方が好みなんじゃないのかい?」
「私は嫌だわ」
「香水の匂いをぷんぷんさせて、おまけにダイヤモンドで金の匂いまでさせて、良い服を着て。ああいうのが良いんだろう」
と卑屈に笑う貫一。
「私は嫌よ」
「嫌なものが組になるかよ!」
「組はくじ引きで決まったんだから仕方がないじゃない」
「でも、嫌そうなそぶりなんてしていなかった」
「そんな無理なことをいわないで」
「三百円のダイヤじゃ、僕なんて手が届かないしね!」
「もう知らない!」
そういってお宮はシォールで顔の半分を隠す。ばつの悪くなった貫一は「ああ寒い……」と言うが、お宮は聞いていないふり。
寂しくなった貫一はお宮に寄り添う。
「……」
しかし、お宮は黙ったまま。
「ああ寒い!」
「……」
「ああ寒い!!」
「ああ寒い!!!」
いい加減鬱陶しくなったお宮はもここでようやく返事をする。
「どうしたの」
「ああ寒い」
「あら可哀想に」
「寒くてたまらんから、その中に一緒に入れてくれ」
「どの中へ?」
「シォールの中へさ」
「あらおかしい。いやだわ」
こんな感じでかなり女々しいし、ただの嫉妬で相手の脇腹に肘をくれてやるという、意外にも姑息な手段を用いる思ったほど好青年ではない貫一。
まあ、気持ちは分からないではないですけどね。
しかし、貫一の心配は見事に的中します。
カルタ会でお宮を見初めた富山がさっそく鴫沢家へやってきて、お宮をお嫁に欲しいと言うのでした。そして、貫一にはお宮を諦める代わりに「留学」というとびっきりのカードが用意されました。
(最近の留学は少しまとまったお金があれば楽に行けますが、当時はかなりの金持ちが実費で行くか、政府に認められた秀才の中の秀才が留学費用を貰って行くかしかありませんでした)
お宮は富山の求婚を受け入れ、熱海へ静養に行きます。
そのことを父親から知らされた貫一は「妻を売って博士を買うつもりはない!」とお宮を追って熱海へ。
熱海のサンビーチで貫一はお宮に涙ながらに訴えます。
「おじさん、おばさんには育ててもらった大恩があるから僕はなんでも言うことを聞くつもりだ。だけど、この頼みばかりは、なにが、なにがなんでもあまりにも無理な、ひどい、お願いだ。僕はすまないけれど、おじさんを恨んでいる。そして、言うこともあろうに、頼みをいてくれるなら洋行させてくれるというのだ。い、いかに、この貫一は乞食士族の孤児でも、女房を売った銭で洋行しようとは思わん!」
そして有名な「今月今夜のこの月を」という長回しのセリフへと続くわけです。
「ああ宮さん、あなたとこうして二人っきりで一緒にいるのも今夜が最後だ。僕がこうしてお前にものを言うのもこれで最後だよ。一月の十七日だ。宮さん、よく覚えておくんだ。来年の今月今夜、この月を貫一はどかかで見ている!再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生僕はこの今月今夜を忘れない!いいか、宮さん一月一七日だ!来年の、今月今夜になったら、僕の涙でこの月明かりを曇らせてみせる。月が、月が……月が、曇ったら、宮さん、貫一はお前のことをどこかで恨んで泣いていると思ってくれ」
と、かなり未練がましく同情をひこうとする貫一ですが、一度ダイヤモンドに魅せられた女はそれくらいじゃ翻らないのが残酷な現実。
「そんな悲しいことを言わないでよ、私にも色々と考えたことがたくさんあるの。それは言いにくいことだからあえて口にはしないけど、私がたった一つ伝えたいのは、あなたのことは、私は生涯忘れはしないわ」
と断然もうダイヤモンドの方へ行く気満々のお宮。
「聞きたくない! 忘れんくらいなら何故見棄てた」
「だから、私は決して見棄てはしないわ」
「何、見棄てない? 見棄てないものが嫁にゆくかい、馬鹿な!二人の夫があるっていうのか」
「だから、私は考へている事があるのだから、もう少し辛抱してそれを――私の心を見て下さいな。きっと貴方の事を忘れない証拠を私は見せるわ」
「狼狽えてくだらんことを言うな!食うに困っているわけでもなく、身を売らなければいけないわけでもあるまい。家だってかなりの資産を持っていてお前はそこの一人娘じゃないか。そしてお前の婿になる僕だって数年後には学士を得て高収入になる見込みも付いているじゃないか。しかもお前はその僕のことを忘れられないほどに想っていると言うじゃないか。なんの不満があって無理に嫁に行こうとするんだ。嫁に行く必要なんかないじゃないか。こんなに訳の分からん話があるか!金か?それとも僕に不満があるのか?遠慮はいらないから言ってくれ!さあ、遠慮することはないよ。一度夫と定めた者を振り捨てるんだ。これほど遠慮がないことは他にはないんだから。さあ遠慮なく言ってくれ」
「私が悪いのよ、もう堪忍して」
「それじゃ僕に不満があるんだね」
「貫一さん、それはあんまりだわ。そんなに疑うのなら、私はどんな事でもして、証拠を見せるわ」
「僕に不満はない?なら、お金だね。富山には金があるから、結婚は欲だね。僕との離縁も欲なんだね。で、お前はこの結婚を承知したんだね。おじさん、おばさんの頼みでしょうがなく結婚を受け入れたというのなら僕もこの話を仕方なく了承しようという考えはあるよ」
しかしお宮は何も答えず涙するだけ。
「ああ、僕は自分の心を信じるように、そういうことはないだろうと君のことを信じ続けて来たのだけど、やっぱりお前の心は欲だね、金なんだね。宮さん、お前それで自分に愛想がよく尽きないね。いい出世をして見栄もはれて、君はさぞかしそれで良いだろうけど、僕の気持ちになってみるがいい。無念というか口惜しいというか、宮さん、僕は君を刺し殺しても驚くことはないよ。いっそ死んでほしいのだ。それを堪えて、お前が人に奪られるのを手出しもせずただ見ている僕の心はどんな気持ちだと思う、どんなだと思うよ!自分さえよければ人はどうなろうとかまわんというのかい。いったい貫一はお前の何だよ。何だと思うのだよ。僕はお前の夫じゃないか。僕はお前の男妾になったつもりはないよ。お前は貫一を玩弄物なぐさみものにしたんだね。時々お前の仕打が水臭い水臭いと思ったも道理だ、始から僕を一時の玩弄物ので、本当の愛情は無かったのだ。そうとは知らずに僕は自分の身よりもお前を愛していた。お前の外には何の楽しみも無いほどにお前の事を思っていた。それ程までに思っている貫一を、宮さん、お前はどうしても棄てる気かい」
「嗚呼、私はどうしたら良いのかわからないわ!もし私があっちへ嫁いだら、貫一さんはどうするの、それを聞かしてほしいわ」
それを聞いた貫一は怒り心頭
「これだけ言っても聞いてくれないんだな!もう行く気なんだな!。ちえぇ、膓はらわたの腐つた女! 姦婦」
チエエエエ!とまるでブルースリーのような雄叫びを上げてお宮を蹴り飛ばす貫一。
「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい! 貴様が、心変をしたばかりに間貫一は、失望して発狂してその人生を台無しにしてしまうのだ。学問も何もかももうやめだ。この恨の為に貫一は生きながら悪魔になつて、貴様のような畜生の肉を食らってやる覚悟だ。富山の令……令夫……令夫人! もう一生お目には掛らんから、その顔を挙げて、真人間で居る内の貫一の面つらを好く見て置くがいい。長々の御恩に預つたおじさん、おばさんには一目会って段々の御礼を申上げなければ済まんのでありますけれど、仔細しさいあつて貫一はこのまま長の御暇おいとまを致しますから、随分お達者で御機嫌よろしう……宮みいさん、お前からよろしく言っておいてくれ、よ、もし貫一はどうしたと訪ねられたら、あの大馬鹿者は一月十七日の晩に気がちがって、熱海の浜辺から行方知れずになってしまったのだと……」
女々しいが、なんだかかっこいいぞ。貫一!
で、そのシーンがこれ。
あまりに衝撃の展開もわかるけど、銅像にしちゃうのはどうなんだろう。
月並みな観光客ではあるが再現してみた。
…とまあこんな銅像があるよーと解説をしたかったが為に結構長々と書いてしまいました。
え、その後貫一はどうなったかって?
かなり現代語で読みやすくした改訂版が出ているので続きはそちらでどうぞ。
尾崎紅葉の「金色夜叉」 ビギナーズ・クラシックス 近代文学編 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 近代文学編)
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……というのは冗談で、貫一はその後、宣言通りに悪魔のような高利貸しになって多くの債権者の恨みを買います。とても冷酷な人間になっていきます。
(なお高利貸しにはアイスというルビがふってあります。高利貸し=氷菓子=アイスクリーム=冷たい(冷酷)とかけています)
お宮はやがて富山に飽きて、貫一に許しをこいます。
しかし高利貸し(アイス)になってしまった貫一はいつまでも許さない……!
金=金色
悪魔=夜叉
そう、金色の夜叉となって貫一は生きてゆく。
しかし、お宮を許してしまってこの恨みという感情から開放されてしまいたい。貫一もまた揺れ動いていた。
……とここで、作家の尾崎紅葉が死んでしまいここで連載が終了。
彼の残した構想には最後に貫一がお宮を許すというストーリーであったとかなかったとか。
なんじゃそりゃ、と思うかもしれないけれど、新聞小説で連載されていた当時のこの来週が待ち遠しいハラハラする感じは、今で言うジャンプでワンピースを楽しみに待つ感覚と似ているかもしれません。
今。尾田先生が死んでしまったら、ワンピースの続きのことを毎週愉しみにしている人は「この先どうなるんだろう」ってしばらくそのことで頭が一杯になって、どうしても続きが読みたい気持ちにモヤモヤしてやりきれない気持ちがとまらなくなって頭を抱えたくなるでしょう。
おそらく、娯楽の少ない明治時代ではそういう頭を抱える人がたくさんいたんじゃないですかね。僕はワンピースを読んでないのでよくわかりませんが。
それはさておき、サンビーチの朝は気持ちが良い
サンビーチは砂の粒が細かくてサラサラしていて朝裸足で歩くと冷たくて気持ちいいです。
そして朝日が昇るのを見ながら温泉に入るのがまた最高でした。