漫画

新井英樹の描くボクシング漫画『RIN』が素晴らしい

スポコン漫画って結構好きなんですよね。

ちょっと時間が空いたので、Kindleでスポコン漫画を探していたところ、たまたま見つけたのがこのRINという作品。

普通に『はじめの一歩』みたいなスポコン漫画なのかなーと思って読んでみたら、全くスポコン漫画ではありませんでした。
でも、スポーツ漫画でスポコンやらない漫画ってのが珍しくて、全4巻を購入して読んだんですけど、これがものすごく面白かった。

それで、読み終わった後に、同じ作者の『SUGAR』という漫画が紹介されていて、詳細を見てみると『RIN』の前の物語らしい。

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ということで読んでみましたが、こちらはボクサーの試合前の心境や雰囲気というのが見事に描かれていて、まるで文学のようでしたが、それほど僕の中で来るものはありませんでした。

まあ、登場人物の紹介とか『RIN』に至るまでの前話みたいな感じで読んでいくべきなので、RINから先に読んでしまったのが悔やまれます。

少し調べてみると、SUGARはヤングマガジンアッパーズに連載されていたらしいのですが、雑誌が休刊となるのと同時に連載が終了。
事実上の打ち切りとなったみたいです。

その後、週間ヤングマガジンで『RIN』の連載が始まるんだけど、4巻で打ち切り。でもこの4巻分というのが、映画一本分くらいの話のまとまりで収束感がすごく良かった。

主人公が天才

数ある漫画の中で天才と言うものは沢山出てくきます。
彼等は天才だけれども、同じくらいの天才とぶつかり合って、時々で挫折し、その中で努力をして成長していくのです。

まあ、これがいわゆるスポコンの流れで日本人が大好きな努力と根性で成長していく物語なんですけど、『SUGAR』『RIN』の主人公である石川凛は世界チャンピオンという天才達から見てもずいぶんと遠い天才です。

最近流行りの、作者の願望を投影したような「俺tueee系」の主人公達でさえも、そこそこの敵と対峙してピンチを迎えたりしますが、ボクシングという一点において最強である石川凛はピンチさえ招くことはありません。

そして、主人公の凛はそんな努力と根性で成長していくスポコン物語というものをリングの上に持ち込まれるのがとにかく嫌い。

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純粋にボクシングが好きなのです。

貧乏だろうが、金持ちだろうが、性格が良かろうが、悪かろうが、ボクシングは強い奴がチャンピオン。

ボクシングってそういうスポーツだろというのが凛の考え方です。

だから、同郷の北海道から同じく東京に出てきた幼馴染の相馬千代という女の子に、あまりにテレビの発言やインタビューでのおふざけが過ぎるので、「凛はボクシングを汚している」と言われたとき、凛は思わず「ふざけんなテメエ」と一瞬我を忘れて怒り出します。

考えてみると、我々と言うのはスポーツであったり、ニュースで流れる犯人にさえも常に物語を求めています。

小さい頃のトラウマがあったとか、親子のかけがえのない絆が成長させたとか。それはある種のメディアが提供しているエンターテイメントです。こうやってメディアの情報と物語でその人を一通り理解することによって、我々は共感したり感情移入したりすることができます。

それを見てファンにもなるし、敵を作ったりして対立者の指示を煽ったりできる。メディアはこうやって話題を常に提供し続けているのです。

ただ、そういうものがいかに嘘くさくて馬鹿にもわかりやすいように脚色されて作られたものか、というのは製作の裏側に立ったり、ちょっと賢い人間ならば知っていることです。

『RIN』という物語はそういった、嘘くさい部分を見事なまでに描いています。

特にメディアの胡散臭さというのを、演出するための登場人物が、増岡雄三です。

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モデルはもちろん芸能界一熱い男でおなじみ、テニスプレイヤーの彼。

凛には「なんで、こんな馬鹿が世界を熱弁できるわけ?」とか「8位って・・・・・・まさか、8位好きってわけじゃないよね?」とかボロクソの言われようです。

とにかく胡散臭いメディアの人みたいな描き方をされているんだけど、作者は彼が嫌いなんでしょうか。

そんな天才で純粋にボクシングが好きな凛は、とにかく分かってない人間に対して噛み付きます。

それは天才である故に誰からも理解してもらえず、理解してしまった者はその圧倒的な才能の前に凛の前から去ってしまうため、理解者がおらずその苛立ちからくるものでした。

凡人は凛の才能を他のチャンピオンと区別なく「とにかくすごい」の範疇でひとくくりにしてしまっているからこそ、近くにいることができるのですが、凛からすればそれは違います。

同じく階級別世界チャンピオンの立石譲司と「同じ世界チャンピオン」と言われたとき、彼はそれを「分かってない」と一蹴しました。そして、立石と話す際、凛は立石に「同じじゃないのわかってるよね?」と確認しています。

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凛「なにが…って オレとあんたじゃ格が違うってこと。いや冷静に。全然マジで。一般ド素人の人気とか関係なくてね。もう純粋にさ、ボクシングだけの話だと圧倒的って。わかるよね」

「立石さんならわかるよね?あんたの先月の世界戦、観たよ!!まあ……録画で、途中まで!!で、観た上で言うけどさ、どう比べたって同じ『世界チャンピオン』じゃあない!!プロの目で!!わかるっしょ?」

立石という人物は元ヤクザ上がりのボクサーでいわゆる足を洗った『更生組』という物語をもった人間です。モデル……というよりオマージュはたぶん『明日のジョー』の力石でしょう。

この立石は、内に秘める更生までの物語があり、自分の過去とのしがらみを断ち切るために、覚悟を決めて凛と戦うことを決意します。

この時点で、凡人である立石には凛の「同じチャンピオンじゃない」発言がイマイチ理解できていないません。確かに石川凛の才能はすごいけれど、どこかでまだ勝ち目があるんじゃないかと思っています。

それは立石のジムの会長など周りを含めた全ての人もそう思っているのです。

しかし、凛は立石との対戦を必要以上に嫌がります。

誰もが「こんなビッグカード滅多にないよ」と騒いでいる中で凛は「こんな試合、今更やる意味がない」と言います。

周りは凛の実力を立石と同じレベルに考えていて、凛からすれば試合にすらならない、ということを理解していないのでした。

その中でも唯一、凛が『師匠』とボクシングの部分のみで崇める会長の中尾のみが「そんなにすごい試合?」と疑問を浮かべています。

 ライバル不在の物語

凛の所属しているジムの会長、中尾重光は現役時代、凛と同じく天才から見ても天才でした。

凛が憧れるほどの才能の持ち主で、凛は彼の現役時代のビデオを何度も見て練習をしています。

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そんな元・大天才の中尾も凛と同じく、周りに理解者がおらず現在は一人寂しくボクシングジム経営の合間を縫うようにして風俗通いに勤しんでいます。

唯一、凛と同じ立場だからこそ、凛のことを理解してやれそうなものなのですが、それは凡人の発想であって同じ天才から天才は理解できないもののようです。

凛は会長の才能に純粋に憧れるが、会長は逆に凛の才能に憧れています。

嫉妬して、「俺は最初からできたけどね」と常に自分の優位性をアピールしているし、試合中に「負けろ、負けろ、死ね石川」とヤジを飛ばす始末。

しまいには立石を「たっくん」と呼んでエール(?)を送っている。

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ただ、中尾会長が凛を嫌うのは単純に才能に嫉妬しているからではないみたいです。

「石川、お前知らないの? 一発も殴らせずに相手を倒すのがボクシングだよ」と言うように、中尾には「殴られず、スマートに勝つ」という美学があり、凛には「相手の勝つ気、本気の全てを引き出させた上で叩き潰す」という「試合感」の違いがあって、イラついているのです。

凛が打てるところで遊んで打たなかったり、相手の必殺の反則技をわざと引き出させてそこをわざとカウンターで狙いにいったりすると中尾は拗ねて相手を応援し始めます。

ちなみに、中尾が現役を引退したのは減量失敗で脚が鈍り、滅多クソの判定に持ち込まれた挙句、審判員の温情判定でベルトを守ったことが原因にあるようです。

スマートに勝てなかった挙句、負け試合を温情で勝ちにされたことによってプライドが傷ついて引退をしたのでした。

そんな天才・中尾重光と天才・石川凛が現役時代を同じくしなかったことが、この物語の一番の悲劇でしょう。

二人は互いにライバルを求めていたはずだった。矢吹ジョーに対する、力石徹。幕ノ内一歩に対する、宮田一郎。そんなライバルがいれば、RINはスポコン漫画になっていたはずでした。

しかし、そうはならなかった。立石は凛のライバルになれるほどの才能を持っていない「凡人が努力の末行き着く、普通のチャンピオン」でしかなかったのです。

ライバルがいないからこそ、二人は孤独でした。

理解者は去るのみ

さて、凛に試合をふっかけた立石は何度も凛の試合のビデオを見ていくうちに、もう反則をして勝つしかないということに気付き始めます。

反則をしなければ、凛に勝てないと思っているのですが、逆に言えば反則をすればまだ勝てる可能性があると思っていたのです。

試合が始まり反則をしかけるのですが、その段階になってようやく立石と同じく反則をすれば勝てると思っていた立石のジムの会長は「反則をしたところで勝てない」ことに気が付くのでした。

立石は反則を使った上で想像をはるかに超えていく凛の才能を知りました。その時、立石は凛にとっての待ちに待った理解者になるのでした。

凛も自分をようやく理解してくれる人に出会うことができて、嬉しくなります。

顔が紅潮し、うっとりとする。立石を大好きになってこれでもかというくらいボコボコにして才能の差を見せ付けます。

試合が終わった後、凛は良き理解者になった立石に電話をする。もうとにかく会いたくて仕方がない。

しかし、立石は凛を拒絶。

元・世界チャンピオンだけどギリギリ凡人、しかし「石川を理解し得るだけの才能を持ってしまっていた悲しき男、立石」にとって凛の才能とは劣等感しか生まないのでした。

『SUGAR』では元々学校で人気者だった凛がボクシングという才能を開花させてからは、だれかれ構わず人を傷つけるヒールになってしまいます。

人との協調性や、社会の評価、モテようだとか、良く見られようだとか、家庭とか友達とかそんなもの全てを捨ててボクシングを極める狂気スレスレの人生。
それが凛のボクサーとして選んだ道でした。

そんな凛に立石のジムの会長はこう良います。

「人並みに自分の人生とリングが地続きの譲司に、お前さんの傍に身をおく場所なんざある訳ねえだろ」

アマデウスというモチーフ

「RIN」は「アマデウス」をモチーフに作られています。

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アマデウスでは元々王宮仕えの作曲家・サルエリがあの大天才モーツアルトに出会ってしまうことの悲劇を描く物語です。

モーツアルトは天才で、その音楽は大衆に称賛されていましたがしたが、天真爛漫で下品な性格だった為、周りからは非難をうけていました。

その中で唯一、サルエリだけはモーツアルトの音楽が「大衆に尊敬されるだけではすまない、神の寵愛を受ける唯一最高のものであること」を理解してしまいます。

そして、サルエリ自信は人々に尊敬される偉大な作曲家ではありましたが、モーツアルトの才能を理解できる程度のギリギリ凡人であると気がついてしまうのでした。

これの全体的な視点を凛に合わせ、サルエリを立石にあてたことで、「RIN」という作品が生まれました。

感想

正直、独特のふいに関係ない話が始まったりするリアルっぽいセリフまわしのせいで、一回読んだだけじゃあまり理解できなかったんですけど、二回目を読んだときにようやく「あ、これアマデウスだわ」って気がつきました。

ボクシングだからスポコン漫画だっていう先入観を持って読んでしまったので、天才の苦悩を理解するような漫画だって気が付くまでに時間を要しました。

社会を捨てて、己を極めるっていうことってやっぱり寂しさとか孤独に向かうものなんですかね。

凛のモデルってハメドとか、ロイジョーンズなのかなーとか思いながら読んでました。

凛がしょっぱな戦ってた「ヨーサクレック」なんてまんま「ポンサクレック」だしね。

たぶん各人モデルがいるので探してみると面白いかもしれません。

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